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2013年1月25日 (金)

裁判員裁判について‐内田樹さんの疑問に答えて

思想家・武道家で知られる内田樹さんが「裁判員制度の『成功』について」と題するブログを掲載されていることをツイッターで知りました。その中で,「この制度がどういう歴史的文脈の中で策定されたものなのか,本当のところ一体何を実現しようとしているのかそこがよくわからない」という発表がゼミでなされたことを紹介し,「これだけのコスト」に見合う成果なのかと疑問を投げかけておられます。

内田さんがこのような疑問を持たれるのであれば,一般の方も同様でしょう。そこで,ゼミの発表者の方が疑問に思われた点にお答えしたいと思いました。それは,平成13年から7年間,日弁連の司法改革調査室の嘱託弁護士として司法改革に携わってきた私の義務でもあると思うからです。

昭和60年,刑事法の大家であった平野竜一元東大教授は,調書偏重の実態を指して,「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」と書きました。その状況はそれ以降も厳しさを増していました。何しろ起訴前に弁護人が就くことはまだまだ少なかった時代,警察検察は取りたい調書を取っていました。被告人が公判で自白の強要を訴えても容れられることはなく,弁護人が法廷で敵性証人の供述を覆しても,調書の方が採用されました。刑事弁護人の中には,捜査をチェックする意欲も能力もない裁判所に対する憤りが渦巻いていました。

そうした弁護人の中に,四宮啓弁護士を中心とする,陪審制の実現を目指すグループがありました。司法改革の議論の中で,日弁連の議論をリードし,政府が当初の予定に入れていなかった陪審の必要性を審議会に認めさせたのは四宮弁護士たちの活動の成果でした。

陪審の導入に際しては,当初,裁判所も検察庁も強い抵抗を示しました。それまでの刑事裁判に何ら問題がないとの立場に立てば当然のことです。しかし,私たち弁護士にとっては,裁判を国民に監視してもらうことで,裁判の公正性,中立性を確保したいという切実な思いがありました。そうして,裁判員裁判が実現することになりました。

とはいえ,裁判所も検察庁も,これまでの裁判で不都合があったとは言えません。実際にそう思っていなかったことでしょう。官の側がこの改革を取り入れる理由として,「国民に身近な司法の実現」程度しか言えなかったのはそういう理由からです。ですが,私たち弁護士の側からは,公正な裁判の実現のために,裁判員裁判の導入が必要だったのです。

実際,裁判員裁判の導入に向けて,公判前整理手続の制度が設けられ,検察が手持ちの証拠を隠すことがしづらくなりました。例えば東京電力OL殺人事件の第1審当時に裁判員裁判とそのための公判前整理手続が実現していれば,被害者の体内の体液や身体について唾液,爪に残された組織片などの存在は1審当時から明らかになり,1審無罪が覆ることもなかったはずです。

最高裁は,裁判員裁判の実施に当たり,国民の信頼を損なわぬために裁判官に対する種々の研修や研究を行いました。そうした研修・研究の積み重ねを通じて,地裁の裁判長クラスの裁判官を中心に,刑事裁判官の中に,新たな制度を責任を持って担う自覚と自負が生まれました。

刑事裁判を長く扱っている弁護士であれば,この10年で,刑事裁判官の態度がより公平中立になっていること,具体的には検察官にファエな訴訟遂行を求め,自白調書の採用に慎重になっていることなどを実感していると思います。

試みに無罪率を調べてみました。司法統計年報を利用して計算したところでは,平成13年の第1審の無罪率は0.067%,それが裁判員裁判について準備が進んだ平成18年には0.125%,裁判員裁判実施後の平成23年には0.139%になっています。同年の裁判員裁判に限ってみれば0.66%です。

無罪率が高いほど良いとは思いませんが,自白強要に基づく隠れたえん罪が多かったという弁護人の実感からすれば,検察官が作る調書について,裁判所が距離を置くようになったことの表れだと感じられます。そしてそのことは,裁判の公正を確保する上で重要なことだと思います。

以上の実態を踏まえれば,国民に大きな負担をかける裁判員裁判ではありますが,かけたコストに見合う成果は十分に出ていると,私は思うのです。

(櫻井光政)

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弁護士コラム」カテゴリの記事

コメント

 大変参考になりました。
 私たちの社会は何を求めるのかと、それに必要となるコストをどう考えるのか勉強になりました。
判断の材料がもっと公平・客観的に提供され、議論がオープンになされることが大切だということでしょうか。
 そこには、切実さがあることをもっと真摯に受け止めるべきだとも思いました。

林啓吉様

コメントありがとうございました。裁判員裁判については,法曹三者が協力して進めなければならない事業なので,国民に対して必要性を説くときの言い方を最大侯爵数的なものにしなければなりませんでした。司法を身近にするため,というのは上から目線で説得力がないなあと個人的には思っていました。国民の皆さんに司法を身近に感じて頂くことはもちろん意味のあることですが,それ以上に,「私たちの力だけでは司法を正せません。どうか国民の皆さんの力を貸して下さい。裁判所が公正中立な判断者の職責を果たすよう,監視してください。」というのが私(や,制度実現に携わった多くの弁護士)の思いでした。
ただ,裁判所や検察庁の名誉のために付言しますが,施行が決まってからの官の側の動きはかなりきちんとしていました。
裁判員制度には改善すべき点も種々あると思いますが,法曹三者がそれぞれの立場の違いを理解しつつ,緊張関係を保ちながら,建設的な議論をしていきたいと考えています。

一連の司法制度改革の中枢にいらっしゃった方と思いますので、
それを踏まえて以下の質問にお答え下さい。

1 裁判員制度にどれだけのコストがかかっているか、認識されていますか。
  具体的な金額を内訳も含めて、敢えてここでお示し下さい。
  1年あたりの金額、これまでの累計額いずれもお示し下さい。

2 現在そして将来の日本は、経済的に縮小していくことが予想されます。
  それでもなお、「費用対効果」に見合う「改革」だったとお考えでしょうか。

3 司法予算にも当然上限があります。
  裁判員制度や法科大学院といった司法制度改革のために
  多額の血税が注がれている一方、
  司法修習生に対する給費が廃止されるといった事態が生じています。
  このようなアンバランスについて、どのようにお考えでしょうか。

司法制度改革について考える者 様

コメントありがとうございます。裁判員制度にかかっている具体的な金額
については承知しておりません。私がコストに見合うと申し上げたのも,
具体的に〇〇円なら採算に合うが,☓☓円なら採算割れだという意味で
申し上げたのではなく,裁判所を改装し,毎年裁判員候補に通知を出し,
裁判員に対して日当等を支払う,またそれらに関する人件費もかかる,
そうであっても,そうまでしても,国民の監視の目が裁判所に入ることは
意味のあることだし,するべきことだったという意味です。

日本の経済規模が縮小して行っても,上記の意味で,費用対効果に見合う
改革だったと考えています。経済規模の縮小を理由に裁判の公正さが侵
されることは許されないことだと思います。

司法予算の配分のアンバランスについてはさまざまな考えがあろうかと
思います。修習生の給費制については復活が望ましいとは思いますが,
多くの弁護士の働きぶりや最近の不祥事の多発を見ると,司法予算の
中で優先的に振り向けるべき分野だと説得するのはかなり難しそうだと
感じます。

具体的な金額も把握していらっしゃらないにもかかわらず、
コストに見合う、とおっしゃるそのコスト意識の欠如に驚きを禁じ得ません。

数字は公開されていますので、ぜひご覧いただいたうえ、
金額、裁判所、裁判員にかかっている負担を含む社会的コストをよく勉強されることをお勧めします。
まずは金額をよくご覧になって、顔を青ざめさせてください。

また、裁判員裁判=「公正な裁判」であるかの如くと断じている点は、論理に飛躍があり詭弁と映ります。
公正な裁判を実現するため、国民の意見を反映するためには、
よりコストがかからない方法を選択する余地も
あったわけですが、これについてはどのようにお考えでしょうか。
内田樹氏は、このような観点から、ご意見を述べていらっしゃると思いますので、
櫻井先生のコメントでは、この疑問に答えたことにはなりません。

そして何より、人権の担い手たる弁護士を弱体化させ、困窮に追い込む現在の制度は、
国民の人権を守るという観点からすると、
検察側を利するに過ぎず、明らかに後退と考えざるを得ませんが、
この点についてはいかがお考えでしょうか。

国家権力と対峙して徒手空拳で闘わざるを得ない弁護士さんは、
自分が食うや食わずでも、被疑者、被告人、国民の利益を
最優先で動いてくださるのでしょうか。

大半の弁護士が真面目に執務に打ち込んでいると思いますが、
櫻井先生のような立場にある方が、マスコミの片棒を担いで、
一部の不祥事をあげつらって、弁護士全体を腐す姿勢は、
いかなる心性から生じているのでしょうか。
マーケティングのためか、個人的な怨嗟のためか、
たいへん疑問に思います。
取り巻き以外の方々の意見を聞く機会を作られることを
お勧めします。

司法改革について考える者さま

コストについて,どの金額をおっしゃっているのかわかりません
が,裁判員の日当が年間32億程度とのことです。裁判所は特
別な人員増を行っていなので,ランニングコストの殆どは裁判
員の日当と考えて良いかと思います。

もともと,司法の公正さは費用の多寡に関わらず担保されるべ
きだと思いますので,1国の司法がこれによって大きく改善され
るならやはり十分に見合うと言って良いと思います。
因みに導入が予定されているF35戦闘機は当初1機100億
程度だったのが,実際には150億程度になりそうだと聞きま
す。

また内田樹先生の「コストに見合うか」という疑問も具体的な費
用を念頭に置いてのものではなく,国民の負担,それも具体的
には裁判員として出頭を強いられる人の負担を念頭に,制度自
体が「意味のあることなのか」という問いかけだと理解しました。
私の回答はそれに対するものですので,具体的な費用の検討
を経なくても回答して良いと思いました。

司法制度改革について考える者さんが具体的なコストをおっし
ゃるなら,具体的にいくらであればコストに見合うとお考えかを
むしろお示しになるべきではないかと思います。

また,私が「裁判員裁判=公正な裁判と断じて」いないことは
文を読み直していただければご理解いただけるものと思います。
裁判員裁判で市民の目が入ることによって公正な裁判を実現す
ることを期待しましたし,それが公正な裁判の実現にプラスにな
っているとも思いますが,裁判員裁判が直ちに公正な裁判だと
は思っていません。
この点は取り調べ可視化の問題と似ているかもしれません。捜
査の適正化には可視化は不可欠と考えますが,可視化がなされ
れば取調べが理想的な状態になるとまではおもっていません。
これは多くの可視化論者も同じだと思います。

裁判員裁判が,弁護士を弱体化させるという議論は,何を根拠
にそのようにおっしゃるのか理解できません。検察を利するとい
うもの根拠が不明です。

公正な裁判を実現するために他の手段があったはずだとおっし
ゃりますが,より低コストで,より良い手段があればお示しくださ
い。何かあったはずだと言われても,答えに窮します。実現可能
で実効性のある案が何かありますか。あればさらにそれを実現
したいです。

弁護士一般が食うや食わずで働いてくれるかという問いに答える
立場にはありません。たとえば東電OL事件の再審弁護団は無報
酬で(何しろ国選の制度がありませんから)弁護活動をしました。
けれど弁護士一般がすべての事件でそのような態度をとることは
できないと思います。
ただ,そのことと,裁判員裁判導入の是非とは異なるように思い
ます。

一部の不祥事をあげつらうとのご指摘も理解できません。検察の
証拠隠しや裁判所の調書偏重は,個々の官の資質の問題ではな
く,制度的,構造的な問題だと考えるから,多くの弁護士は裁判員
裁判の導入が必要だと考えたのです。
ですから別にマスコミの片棒を担いでいるわけでもありません。

もとよりご指摘のような「取り巻き」もおりません。ですので,具体的
な指摘や問題提起は大歓迎です。

ご高説、ありがとうございます。

まず、私自身は、裁判員制度は全く無用な制度と考える者ですので、
損益分岐点のようなものは想定し得ません。

日当・旅費等の名目で、毎年数十億もの金額が費やされているのをはじめ、
導入時以来の広報費用も合わせると、
既に累計で百億単位の血税が注がれているのは、
全くの無駄であると考えます。

更に、「特別な増員」がなされていない裁判所においては、
他の重要な仕事に注がれるべき膨大な人員・労力が
裁判員制度の事務処理のために削がれていることを考え併せると、
国家的・社会的な損失はたいへん大きいと考える次第です。

公正な裁判を実現するための提案は、
裁判官・検察官の大幅な増員や、取り調べの可視化など、
様々指摘がなされていますので、
敢えて看過されているであろう視点から申しますと、

たとえば、
裁判所・検察庁・弁護士の三者間の意見交換の機会を増やすことや
(いずれもご隠居様ではなく、実務に従事している者が参加する形で)、
国選弁護費用を大幅に増額させることが急務と言えるでしょう。

弁護士が、ほぼボランティア同然で刑事弁護を引き受けるという状況が
いつまでも続いているというのは、
諸外国に比しても極めて異常な事態と言えます。

調査や主張の構成のために手間や人員をかけることは困難でしょう。
検察側と対等に闘うためには、「費用」という武器は不可欠です。

また、刑事弁護がペイする「仕事」になれば、
優秀な弁護士の刑事事件受任を促すことになり、
弁護士全体のレベルアップにも繋がることでしょう。

要するに、法律実務の専門家であり、権利の守り手である弁護士が、
経済的な心配をすることなく、仕事に打ち込めるようにすることそれ自体こそが、
公正な裁判を実現し、冤罪の悲劇を回避するための
何よりの近道と考えます。

それにもかかわらず、このようなごっこ遊びの如き迂遠な方法をとって、
みすみす乏しい司法予算を垂れ流させていることには怒りすらおぼえます。

サッカーなどのスポーツ競技にたとえれば、
プロチームの選手の強化に費やすべき予算を、
素人のレフェリーを日雇いで招き入れるために使っているようなものです。
このような制度の下で、一体、何が改善され、誰が得をするというのでしょうか?

他方、国民の司法への関心を呼び起こしたいのであれば、
手始めに、裁判傍聴を促すほか、法教育の機会を増やす以外にはないでしょう。
基本的人権の意義、「疑わしきは被告人の利益に」という原則を
国民やマスコミに浸透させることこそ、第一歩ではないでしょうか。

なお、「現在の制度」という言葉を、
裁判員裁判と同じくして、司法制度改革の一環として導入された
現行の法曹養成制度を指して用いてしまいました。
この点で誤解を招いてしまったようです。

現行の法曹養成制度もまた、
個々の弁護士に高額な借金を背負わせ、
弁護士を弱体化させるものになっています。

他方において、
教育能力に疑問が呈されており、
「金と暇がある人は行った方がいい」とすら評されている
法科大学院への補助金として、
毎年、数十億から百億単位の血税が垂れ流されていますが、
これらの予算が、従前どおり、司法修習生への給費に回されていれば、
個々の弁護士は、経済的な心配をすることなく、実務に打ち込めた筈です。

このようなアンバランスが生じていることを無視するのは、
いかがなものでしょうか。


最後にいくつか質問致します。参考までにお答えいただきたいと思います。

1 櫻井先生ご自身は、これまでに、
  主任として何件の裁判員裁判を受任されていますか?

2 受任された裁判においてなされた量刑の軽重は、
  従来と比べて、いかに感じましたでしょうか?

3 櫻井先生ご自身は、裁判員裁判を経験されて、
  公正な裁判が実現されているとお感じになったでしょうか?

4 裁判員裁判では、公判前整理手続を含め、
  一定期間、当該案件に集中することが強いられますが、
  その間、他の案件に注力することはできましたでしょうか?

司法改革について考える者さん

裁判官・検察官の大幅な増員や、取り調べの可視化などについては
日弁連がかねてから要求しています。私も必要だと思っています。

裁判所・検察庁・弁護士の三者間の意見交換の機会を増やすことや
(いずれもご隠居様ではなく、実務に従事している者が参加する形で)、
国選弁護費用を大幅に増額させることが急務とのご指摘も、前者は
実施されています。また、裁判員裁判については、申し入れれば当該
事件の裁判体が「反省会」を開くことに応じてくれます。ご存知ですか。
後者については日弁連は以前からずっと要求を続けています。ただ、
弁護士の費用を増額せよという要求は、弁護士以外には切実なものと
感じられないため、その実現は緩やかです。「急務」とご主張なさるの
は良いですが、急激に改善できないから困るのです。

弁護士が、ほぼボランティア同然で刑事弁護を引き受けるという状況が
いつまでも続いているというのは、諸外国に比しても極めて異常な事態
と言えますとのご指摘については、どの国と比較してのことかご教示下
さい。私は、もう10年ほど前に、国選弁護費用の増額を要求するために
いくつかの国の国選弁護費用を調査したことがありますが、期待した結
果が得られなかった記憶があります。
また、我が国において被疑者国選が導入された結果、被疑者段階から
受任して被告人段階に至る場合には、トータルで収入増になるのでは
ないかと思います。

刑事弁護がペイする「仕事」になれば、優秀な弁護士の刑事事件受任
を促すことになり、弁護士全体のレベルアップにも繋がるというご意見に
ついては、「間違いではない」と思います。ただ、この業界は捨てたもの
ではなく、さほどペイしなくても、持ち出しなどにならなければ一肌脱いで
やろうという気概を持った弁護士も多く、私も発起人となっている刑事弁
護フォーラムはすでに2000人以上の会員を擁していますし、各地でも若
手が熱心に刑事弁護に取組むようになっていると聞きます。

神山弁護士はかつて、優秀な人が刑事弁護をやめていくのはペイの問
題ではない。頑張ってもジャッジがまともな判断をしないことに嫌気が差
すからだ、と喝破しました。私も同意見です。司法が絶望的といわれた
時期に新人時代を過ごした40期代に刑事弁護人が少ないのはそのため
と見ています。

法律実務の専門家であり、権利の守り手である弁護士が、経済的な心
配をすることなく、仕事に打ち込めるようにすることそれ自体こそが、公
正な裁判を実現し、冤罪の悲劇を回避するための何よりの近道というご
意見は、賛成いたしかねます。「弁護士報酬の増額が公正な裁判の実
現の何よりの近道」というご意見は、どう考えても「何よりの近道」とは思
えません。

司法改革について考える者さんは、裁判員裁判の導入によって何が改
善され、誰が得をするというのか、と疑問を呈しますが、それについては
ブログの本文で最初に書いたつもりです。法廷に国民の目が入ることに
より、また、入ることを意識することにより、裁判所が公正さ、公正らしさ
を強く意識することになり、実際に検察官と距離を置く審理が行われるよ
うになってきているということです。司法改革について考える者さんの提
言はいずれも日弁連がすでに行ってきていますし、私も個人的に行って
きたこと(委員会活動や、私的には神山ゼミを公開で行って後進の育成
を心がけていることなど)です。けれど、それだけでは足りず、裁判員裁
判を導入する意義があったと考えています。

司法改革の他の諸問題については別の機会に述べたいと思いますが、
他の改革に資金を投入しなければその分が国選弁護費用の増額や司
法修習生への給費に当たったとお考えなら誤りです。予算は決まった
枠を自由に使わせてもらえるものではないからです。ロースクールが不
要とされればその分が丸々カットされるだけで、浮いた分の一部又は全
部を他にまわして良いということにはなりません。その金をこっちに回せ
と国に対して要求することは誤りではありませんが、要求すれば通ると
いう前提で議論すると見通しを誤ると思います。

最後にご質問にお答えします。
1 裁判員裁判の公判の受任は3件。強盗致傷、殺人、傷害致死です。
うち主任は傷害致死のみ。但し強盗致傷は主任が公判直前に病に倒れ
たので私が副主任で公判を担当しました。殺人は若手のサポートで入りま
した。

2 量刑は、強盗致傷は従来並み。殺人は従来よりも重い。傷害致死は
無罪を争っていたので何とも言えませんが、有罪を前提にすれば、従来
基準で軽い方ということになります。

3 公判前整理手続を通じて、公正さは担保されていたと思います。もち
ろん従前との比較の問題ですが、書証の採否の態度などに顕著だった
と思います。

4 一定期間の集中が要求されることはご指摘のとおりです。ただ、それ
で他の事件ができなくなることはありませんでした。この問題は裁判員
裁判であるか否かを問わず、大きな事件を扱うと多かれ少なかれ生じる
問題ではないかと思います。
なお、この点は、私の事務所が、複数の弁護士がいる事務所であること
も幸いしていると思います。

裁判員裁判において、
発達障害者に対する差別的な判決がなされましたが、
この点についてはどうお考えでしょうか。

こちらの記事はご覧になりましたでしょうか。

司法のひずみ(上)裁判員裁判(宮崎日日新聞)
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?itemid=52344&catid=506

■負担増大漂う疲弊感

 「国民に身近で、速くて、頼りがいのある司法」を目指す司法制度改革。同改革推進法が2001年11月に成立してから11年が過ぎた。裁判員裁判制度の開始や法曹人口の増加など、司法環境は大きく変貌。その一方で弁護士らの負担は増大し、疲弊感さえ漂う。改革と司法現場との間に生じたひずみは、県内にも影を落としている。(報道部・吉田聡史)

 初めての裁判員裁判を間近に控えた県内の男性若手弁護士は眠気を覚ますために、何度も顔を洗った。どう説明すれば「起訴内容を一部否認」という複雑な裁判を、法律家ではない一般市民に理解してもらえるか。連日、深夜まで及ぶ資料作りに追われ、気持ちは焦る。窓に目をやると空は白みがかっていた。

 司法制度改革の目玉、裁判員裁判制度が始まりもうすぐ4年。当初の心配をよそに、裁判員経験者からは「分かりやすい」「司法に興味をもった」など制度を高く評価する意見が多い。その背景には、専門用語が飛び交っていた従来の法廷を一変させた法曹3者(弁護士、検察、裁判官)の並々ならぬ苦労があった。

 男性弁護士が担当した事件は、逮捕、起訴から裁判までの期間は数カ月。法曹3者らで行う公判前整理手続きなどの打ち合わせは10回を超え、そのたびに主張の整理や膨大な資料作成に追われた。

 何度も被告に会った。やりがいはあった。ただ、「裁判員裁判以外の仕事に手をつける余裕もなく、事務所の他の弁護士に迷惑が掛かった」と打ち明けた。

■     ■


 宮崎日日新聞社が2、3月に県内の弁護士に対して行った司法制度改革に関するアンケートでは、「積極的に裁判員裁判をやりたいか」の問いに75%が「いいえ」「どちらでもない」と回答。「準備が異常に大変」「長時間拘束される」などの理由が多く、負担の重さが浮き彫りになった。

 負担は弁護士だけではない。宮崎地裁によると2012年末現在、裁判員裁判の対象となった被告人は40人。うち裁判が執行されたのは31人で、裁判待ちの被告は09、10年が4人、11年が7人、12年が9人と増加傾向にあるという(いずれも概数)。ある弁護士は「準備が大変すぎて、地裁も裁判員裁判を処理できていない。裁判官は忙殺されている」。法曹界に疲弊感が漂っていることを指摘した。

 宮崎産業経営大法学部の青木誠弘講師(憲法)は「裁判を分かりやすくする工夫は時間がかかり、消化スピードの向上は難しい。制度開始にあたり、国のコスト計算が甘かった。このままでは、制度が破綻する」と懸念。

 司法制度改革では、法曹人口の増加に取り組むが、「人を増やせば単純に負担が減るわけではない。逆に、弁護士の裁判員裁判離れが加速する可能性がある」と話す弁護士も。その理由の一つは、業界の苦しい台所事情という。

【写真】裁判員裁判制度開始や法曹人口増加など司法制度改革の渦中にいる県内の弁護士。改革に伴う司法現場の負担は重い=宮崎地裁

諸外国と比べて国選弁護費用が低廉であることについては、
北弁連がまとめている資料があります。

被疑者国選の費用が加算されたとしても、
諸外国の2分の1から3分の1程度にとどまります。

司法改革について考える者さん

コメントありがとうございます。気付くのが遅くなり,失礼しました。

ご指摘の,発達障害者に対する判決は,私はひどい判決だと
思いました。控訴審でまともな判決が出て良かったと思います。
ただ,裁判員裁判という制度のせいでそういう判決が出たとは
考えていませんので,このような判決が出たことをもって裁判員
裁判はだめだとも思いません。

宮崎日日の記事はご紹介頂いて知りました。大変なのはその
通りだと思いますが,それは三者が努力して解決すべきことだ
と思います。裁判員裁判には独自の工夫や対応が必要ですが,
それは大騒ぎするほどのことでもないと思っています。きちんと
研修を受けて,慣れればできます。本当に大変なのは,裁判員
裁判であろうと裁判官の裁判であろうと,事実と証拠に基づいて
判断者を説得することです。準備に要する時間にさほど大きな
違いはないと私は思います。要するに,付加される時間は図表
の作成など,わかりやすくさせる工夫の部分だと思います。

裁判員裁判の公判期日が入るおよそ1週間の間,他の事件が
できないことは記事の指摘の通りですが,その期日も何か月も
前に指定されますから,不便であっても調整は可能だと思いま
す。

それでも対応できないところでは,法テラスのスタッフ弁護士を
裁判員裁判用に配置して,2人目の国選弁護人として対応させ
るなどの工夫が考えられると思います。

国選弁護報酬に関する北弁連の資料については知りません。
孫引きされているブログを見つけましたが,原典に当たらない
と何ともコメントできません。
もしかしたらデフレの影響などもあるかもしれません。
適切な資料があればご教示下さい。ご指摘の北弁連資料は北弁
連に問い合わせれば入手可能でしょうか。

ありがとうございます。

北海道弁護士連合会の
「国選弁護に対する報酬の大幅増額を求める決議」は、
下記のURLに掲載されています。
http://www.dobenren.org/activity/h19ketsugi03.html

基礎となるデータは、道弁連にてお持ちではないかと思われます。

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